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その姿は戦場では異質に映ることだろう。
肩まで伸びた髪を靡かせて荒野を歩く女がいた。大人の女性と呼ぶにはまだ幼さが残るも整った顔立ちの、それは美しい少女。
少女は軍服を纏って銃を持つ。出で立ちだけは他の兵士とそうは変わらない。けれどどう見ても兵士とは思えない妙な艶かしさを醸し出している。
慰問団の歌手や映画女優と言われれば納得してしまいそうな、そんな美少女は兵舎や講堂ではなく、戦場の真ん中に立っていた。
有刺鉄線で巻かれた鉄条網、居並ぶ戦車や大砲、そして掘られた2m超の塹壕にひしめく無数の敵兵士。少女はそれらに一切たじろぐことなく、味方を背にして立ちはだかった。
誰かが撃った、少女に向かって。
高速連射の金切り声を上げながら、一門の機関銃が火を吹いた。巻き上がる砂煙の中に少女はいる。
地面は爆ぜるも少女は散らず。後ろに控え塹壕から頭を覗かせていた一人の若い兵士が、流れ弾に巻き込まれ瞬時に肉を四散させた。
それほどの威力であろうとも、狙われた少女は未だ健在だ。
射手は外したと思ったことだろう。車をも砕く大口径の機関銃を生身で受けてなお立つ人間がどこにいようか。
ならばと次に動くは重戦車。無敵の矛にして、最強の守護者。
堅牢なる装甲を持つ鉄の砦は砲を持つ。その砲は人を穿つものではなく、鋼鉄を粉砕するものである。
そのようなものが人に向かって撃たれればどうなるのであろうか。
尽くは灰塵に帰し、生きていた証すらも消し去るほどであろう。
地は揺らぎ、音は天にまで轟いた。それそのものが爆発してしまったかのような衝撃は戦車より放たれた。
轟音と共に飛翔する砲弾は少女一人を捉えている。
目に見えるものではない。刹那、爆炎が上がる。
機関銃の時とは比べ物にならないほどの粉塵が舞い踊り、少女の跡地は今何処。恐らくは血肉を残さず霧散したのであろう。
何故に敵は一人の少女に固執したのであろうか。
少女が戦場の真只中にいたせいか。それもあろう。
しかしそれだけではない。
敵は噂を耳にしていた。それは何処かの戦線、何処かの地域で。女一人に壊滅させられたという味方の噂を。
真に受けた訳ではない。信じた訳ではない。しかし心の何処かで拭いされぬ不安があったのだ。戦場に一人立つ少女を目にしたその時から。
重戦車の砲が生み出した砂煙が晴れた時、それは噂ではなく真実であったと敵は知る。疑念は確信に変わり、確信は恐怖を生み出した。
少女は未だに立っている。まるで何事もなかったかのように、眉ひとつ動かさずにいた。
戦車の砲弾はこけ脅しにあらず。
地に穴を開ける衝撃と爆炎は確実に少女を巻き込んだ。
熱に耐えきれず燃え、そして裂けた軍服は威力を物語るも、隙間から覗く白い柔肌に傷はない。少女に砲弾は効かぬのだ。
敵は最早阿鼻叫喚の中にいた。
機関銃でも砲でも死なぬ者を前にして冷静でいられるものか。
銘々狂って銃を撃つ。当たれや当たれや。死ねや死ね。それは己が軍の勝利のためではなく、我が身の命を繋ぐため。
無数の砲が、無数の銃が。大小連なる射撃の炎は数多の弾を押し出した。それら全ては一人の為に。
そして一人は応戦する。
少女は駆けた、敵陣に。
壕より襲い来る鉄の雨は避けるまでもなく、ただひたすらに地を駆ける。
敵に肉薄し青ざめるその顔に一つ射撃を加えてやれば、引いた血の気もすぐに赤くなるだろう。
塹壕の中にて鳴り止まぬ銃声も、少女が入ればピタリと止まる。
多くの血が流れた。それは一方的な虐殺のようなもの。
黒煙を上げ沈む戦車の装甲はまるで紙切れ。据えられた榴弾砲の多くは役目を果たすことなく名の知れぬ将兵の墓標となった。
殺せど殺せど湧き出す兵士は遂に底が見え、僅かに残るは彼方へ逃げ去った。
そして誰もいなくなった塹壕の前に立つ少女。
装いばかりが激戦を物語る無傷の身体。露わになった肌は戦場には似つかわしくないほど妖艶であり美しく、味方の兵はその姿に神を見ていた。
戦場を駆る不死身の兵士。戦局をも一変させる強力な力を持ちながら、男の心を惑わすほどの美貌を持った存在を、兵たちはこう呼んだ。
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