様々な時代を巡るラストの秘宝。 その秘宝に選ばれし者達は時代を良くも悪くも変え、導く存在として尊ばれていた。 そんなラスト達の冒険を一纏めにした書籍のシリーズをラストの一人が残した。 『エルダー・ラスト・エンブレム』 その内の1つ『ラスト・リゾート』に選ばれた【勇者パーティーの盗賊】の物語。 原作はこちら https://estar.jp/novels/24936500
98 文字数
既に発表されました
ラスト・リゾート
◆ーあらすじー◆
ぶつかるのは勇者の死を嘆く二人の女だ。
一人は幼なじみの賢者。
一人は勇者と許嫁の王女。
勇者が死んだ。
それは魔王に対する抵抗手段を失ったということだ。
今やそこらかしこに闊歩して見せる野獣。
出で立ちは家畜や野生の動物と同じだが、大きさが尋常ではない。
この野獣だが、最初は誰も危険を正しく認知しては居なかった。
というのも、野獣は動物と同じくくりで扱われていたのだ。
動物の突然変異種。
そう広く認知されていた。
だが、ただの動物であると思われていたがために危険は無いと放置されていたのが問題だった。
その突然変異種が広く分布するきっかけとなり、生息圏は遂に人と重なった。
そうなったとき、初めて人は野獣の危険性を理解したのだ。
そして、現れる事となる。
人の突然変異種にして、最大の脅威となる野獣
それは魔王と名乗った。
◆ー序章ー◆
勇者の死、王女と幼なじみの愛憎の果ての相討ち。
そして、魔王は人類最後の希望である盗賊の目の前に居た。
盗賊は半ば諦めたような顔をしていたが、魔王は手を緩める事は無い。
持ち前の素早さで魔王の攻撃を紙一重で回避していく。
魔王が顔の横を通り抜ける。
空気が震え、薄皮が弾け、肉が溢れ落ち、骨が砕け、片目が潰れた。
当たった訳でも無いのにこれだけの威力を生み出す魔王の攻撃。
それを何度も回避していくが、その威力の前に次第に動きの悪くなっていく盗賊。
「これで終わりだ……」
魔王の両腕が真っ赤に光り、巨大に膨張して見せた。
そのとき、様々な記憶がフラッシュバックしていき、盗賊はとある物に手が伸びていた。
本当は愛していた幼なじみの賢者のために用意していた。
『ラスト・リゾート』
だが、その女が愛したのは勇者だった。
使うに使えず、今までポケットに忍ばせていたそれを盗賊は最後の力で握りしめた。
◆ーイズルハ ー狐ー 誕生ー◆
とある名も無き村で男の子が誕生した。
その男の子はイズルハと名付けられ、その後大切に育てられる事となる。
翌年イズルハの隣の家に女の子が誕生した。
女の子はミカゲと名付けられる。
イズルハの隣に並べるようにミカゲが置かれ、不思議な事にイズルハはミカゲをまるで慈しむかのように頭を撫でた。
イズルハが歳を三つ重ねた年にようやく二足で立ち上がる事が出来るようになった。
イズルハはその年の頃より勤勉で、その勤勉さには鬼気迫るものが有ったという。
齢五歳にして村の書物を読み終わり、誰が教えたでもないのに軒先にて筋力トレーニングを行うイズルハの姿がそこには有った。
イズルハが本の知識で得たと言えば村人は勤勉なイズルハの頭を撫でて応援する。
「イズルハは良い子ねぇ。将来は騎士か、それとも勇者かしら?」
イズルハはその問いに大人顔負けの苦笑を浮かべる。
その複雑な表情には村人も少したじろがざるをえなかった。
不思議な違和感。
まだ五歳の少年から、大人のような印象を感じるのだ。
「ドーラおばさん。僕は恐らく盗賊となると思います」
そう、これはきっと逃れられない運命。
どれだけ努力をしようとも、きっと俺は勇者にはなれない。
「まあ、こんなに頑張ってるイズルハが盗賊になんてなるわけないわよね、ミカゲ?」
不思議と大人びて見えるイズルハの側で何が面白いのかミカゲは側に居た。
ミカゲの同い年の子供が居らず、近い年の者はイズルハを除けば五つは異なるからだろう。
ミカゲは幼い女の子そのままの雰囲気で純粋に、ただただ素直に頷いてみせた。
「うん、イズルハは頑張ってるもんね!」
小さくガッツポーズまでして応援してると言わんばかりである。
その応援に応えるようにイズルハは勤勉であり続けた。
イズルハが六歳となった夏の事だ。
村にて謎の流行り病で死者が続出した。
その原因を村の人間は知らないまま、そこで暮らしていた。
長く暮らしていたこの名も無き村では年間を通して病にて死者が出ることは良く有る事だったのだ。
だが、そこで一人だけ行動を起こす者が居た。
病床に伏せる両親へと、イズルハが移住を持ちかけたのだった。
「イズルハ、私達はここで生まれてずっとここで生きてきたの。だからね、この家も私のお父さんお母さん、そのお父さんお母さんってずっと続いてきた大切な思い出なの。大丈夫、こんな病気なんてお母さんへっちゃらだから」
と、手を握りしめて強がってはいるが、この病は根源を絶ちきるまで続くことだとイズルハは認知していた。
「そう……ですか」
イズルハは諦めたのか、そう答えると、何かを決心したかのように村の自警団の本部へと走った。
イズルハはこの病が何から起こっているのかを知っていた。
だが、いくら訴えても大人は耳を貸さないどころかまともに取り合ってはくれない。
「だから、解決できるのは俺だけだ」
普段、勤勉に筋力トレーニングを積み重ねるイズルハに隣の家のミカゲの父であるカゲロウが剣の稽古を付けてくれていた。
カゲロウは村の自警団に所属しており、その剣の腕は村一番と名高い。
イズルハは齢六歳にして、その弟子の中でも実力や努力は過去最高の弟子であるとカゲロウが太鼓判を押していた。
そのカゲロウが所属している自警団へと駆け込み、そして、イズルハは開口一番叫んだ。
「村の近くに巨大な化け物が居た!病でお母さんが苦しんでるときにあんなのが近くを彷徨っていたら、きっと直るものも直らないよ!」
その声の鬼気迫る勢いに慌てて待機中の団員が現れる。
「それは本当か!?」
慌てたように家畜の革で作られた防具を揺らして駆け寄ってきたのは自警団では下っぱのニホノギだった。
「うん、あっちの方に行ったけど、もしかしたら人を襲うようなものかもしれない!」
そのイズルハの言葉にニホノギは話を聞いただけなのに膝をガクガクと揺らして驚いてみせる。
「よ、よーし、俺に任せとけ!」
胸をドンと叩いて見せるが、頼りない事このうえない。
建物の奥へと慌てて走ったニホノギがカゲロウと数人の団員を連れて現れたのはそれからさほど時間も置かずしての事だった。
「よく知らせてくれたイズの坊。お前が見たっていうその化け物の事を教えてくれ」
カゲロウが太く長い鉄のロングソードを背負ってイズルハの頭を叩く。
「うん、あれはネズミみたいなやつだったよ」
巨大なネズミーー
そう聞いてニホノギがそれを想像したのか吹き出す。
「おいおい、イズルハ勘弁してくれよ。悪い夢でも見たのか?」
ニホノギの一言により、一変して緩んだ空気だったが、地面を強くイズルハが殴った事で弛緩した空気はピリピリしたものとなる。
「夢やイタズラで僕はこんな事をしない!」
それは、今まで勤勉な姿を見せてきた事が大きな説得力へと繋がった。
「ということだ。巨大なネズミの討伐ーーまずは居所の捜索をしよう。」
カゲロウが低く、そう伝えた。
巨大なネズミと聞いて想像するのはどの程度の大きさだろうか。
元々がそこまで大きくない物なため、大きくてもせいぜい狼程度だと考える者も居るだろう。
というか、ニホノギがまさにそれだ。
ネズミと聞いて楽観視しているが、その巨大さを知っているイズルハは大きさもカゲロウへと伝える。
「大人の人が五人くらいの横幅と、三人くらいの高さだった」
カゲロウはそれを聞いて顎に手を当てる。
「それほどの巨体を隠せるところと言えば、村の裏手の洞窟だろうな。ニホノギ、団員を何人か連れて痕跡の調査をしろ」
カゲロウがそう命じるとビクッと震えたが、即座に敬礼し、洞窟へ数人の団員と共に調査に向かったようだ。
「ふむ、しかし、巨大ネズミか……衛生的にあまり良くはない動物の類いだが、まさかそれが流行り病に関連している……いや、まさかな」
そう呟いたカゲロウにイズルハはそれに対して誰に答えるでもなく口の中で言葉を噛み殺して思いとどまる。
その通りである……と。
野獣についてまだ正しく誰もが認識していない現在。
それは、イズルハが魔王と相対した事で死に直面した異なる未来の過去、そこでの過去の記憶がイズルハには有った。
最後に使ったアイテムは転生の道具であると聞いていたが、これでは時間が巻き戻ったと言うのが正しいだろう。
とあるおとぎ話が頭に過ったが、これについては今は余談だろう。
過去、言わば一周目のように滅びの運命を再び歩んでいくつもりなどない。
だからこそ抗うために日々研鑽を積んだのだ。
仮にもいずれは勇者パーティーの一員となるイズルハだ。
素質に関しては他の村人に負ける訳もない。
そして、野獣に関する知識も現段階で誰よりも持っている。
だから分かる。
このままではこの村は流行り病が王国に達するまで助からない。
その頃には村人も片手で数えられるだけしか生存していないだろう。
ただの動物で有るならば、カゲロウなら余裕で倒せた事だろう。
だが、相手は野獣。
普通の戦いとならないことは魔王との戦いからも明らかだろう。
野獣にはそれぞれ体の何処かに変異の原因となる核のようなものが存在する。
それを破壊しなくては野獣の活動は終わらない。
首が切られ、手足がもげようとも死ぬことはない。
弱点を知るイズルハが付いていく事が本来ならば村を救う鍵となる。
だが、まだ六歳の成熟していない体では野獣との戦いは絶望的であり、お荷物になるであろうことは良く理解していた。
出来ることと言えば、弱点のようなものを見たとカゲロウに伝えるくらいである。
「カゲロウさん、あのネズミなんだけど、何だか左足を庇うように歩いてたんだ。もしかしたらケガか何かをしてるのかも」
出来ることはやった。
あとは、カゲロウに任せて成功を祈るだけである。
翌朝、調査を終えたニホノギ達がカゲロウへと事の次第を報告する。
「カゲロウさん、あんなの勝てっこねぇよ!今からでも遅くない、みんなで遠くに逃げましょう!」
そう言うニホノギだったが、カゲロウは険しい顔立ちとなる。
「遠くに逃げたとして、本当に果たして助かるという保証もない」
流行り病と巨大ネズミを関連付けて考えているのか、カゲロウは根源を立ちきるべきだと考えているようだ。
「討伐隊を編成する。自警団は全員参加はやむを得ないだろう。それに、村の男達を集めろ!これはきっと、大規模な戦いになる」
カゲロウの指示に答えるようにニホノギは外へと駆け出していく。
村の男達を集めるべく行動を起こしたのだ。
「イズの坊、お前は留守番だ。この戦いは恐らく死者が出る。まだ子供のお前には見せたくないし、きっとまだ何も出来はしないだろう」
そう告げたカゲロウへイズルハは無力を嘆くように手のひらを握りしめ、力なく開いた。
「皆さんの幸運と活躍をお祈りしてます」
あとは本当に祈るしかない。
討伐隊は夕方には編成され、自警団は鉄の装備、村の男達は鍬や鉈等を手に厚手の布の服を着用していた。
カゲロウが最前を歩き、それに皆が追従していくのを村からイズルハとミカゲは眺めていた。
「お父さん大丈夫だよね?」
そう言うミカゲにイズルハは小さく頷き、ミカゲと手を優しく繋いだ。
「大丈夫さ。なんたって俺の師匠でミカゲのお父さんなんだからな」
確証は無かったが、信じて待つしかない。
そしてーー
夜、深夜とも言える深い闇が支配する時刻に複数の重い足取りと痛みに呻く男の低い声が響いた。
静寂に包まれていた村の建物から男達の帰りを待っていた者達が戸を開き、松明の灯りに照らされた戦果を見た。
自警団の半数が死亡ーー
他、村の男達も8割が死亡ーー
残りは重軽傷者だった。
ニホノギは一番軽症だったようだが、誰よりも先に逃げるように自宅へと駆け出した。
響くのは泣き声と生きて帰った事を実感しての腹からの叫び。
誰もが地面に膝を付き、あまりの大きな犠牲に反応出来なかった。
そして、その時幼い声が入り込んだ。
「お父さんはどこ!?お父さ、ひっ……」
ミカゲの悲鳴が響き渡る。
そして、その光景をイズルハも目の当たりにしていた。
「そんな……カゲロウさんが……」
頭だけとなったカゲロウ。
その頭を見て泣き叫ぶミカゲを心痛な面持ちでイズルハは歩み寄り、後ろから抱き締めた。
これがーー
これが野獣だ。
そして、これが、人がこれから戦っていかないといけない相手なんだ。
◆ーニホノギー自警団ーカゲロウの背中ー◆
あの日、俺はその大きな背中に憧れたーー
村一番の剣の使い手で、自警団の団長を勤めるカゲロウの直下の部下に自分は志願した。
臆病な自分に少しでも自信を付けたかったというのもあるが、理由の九割は村で一番の人気な仕事だったからだ。
十四歳では、一般的に成人には若いとされているが、名も無き村では在住の若者が少ないため、早めに仕事を覚えさせて大人になった頃には充分に稼げるようにしている。
カゲロウはヤエという村一番の美人の奥さんが居て、自分も強くなったらいずれは……等と妄想をしていると、小さな頃からの何かと比べられるミツルギが肩を叩く。
「ヘタレのお前がカゲロウさんの部下になれるかよ」
そう言うミツルギはカゲロウさんが指名して早くも隊に組み込まれている。
茶色い髪を肩までで切り揃えており、身嗜みにもそこそこ気を使っているのか、元々整っている顔立ちも相まって、村の女性達からは老若男女問わず人気がある。
ミツルギはカゲロウと共に村の見廻りに出かけ、その背中が見えなくなる。
自分の胸中にやるせなさが残った。
スタート時点で扱いがこの差というのが妬ましい。
ミツルギは小さな頃から商人のクロウさんに仕入れの一つの手段として狩りを教わっていたから弓が得意で、木を切るための斧の扱いや、毛皮と肉を切り分けるナイフの扱い等、武器においても販売する側として一通り扱える。
そのため、同世代の中で頭一つ、否、二つも三つも出ている存在だ。
ニホノギだけでなく、イチノハやシノノギ、イツルガまでもがミツルギの才能を認めていた。
「ミツルギは顔は良いし、強いし、頭も良いし、度胸もある……天才っていうのはああいう奴のことを言うんだろうな」
イツルガの言葉に、嫌々ながらもニホノギは同意した。
「けど、いつかは俺だってあいつに追い付いてやる!」
名も無き村での自警団の活動は村の見廻りや獣害の対応ぐらいのものだ。
村の人数は老若男女合計して100名程だ。
子供と老人の数が少なく、中年層が多い。
そのため、この村において、子供であれば直ぐに名前が分かってしまう。
今村に居る子供は合計3名。
ミツルギの妹のユキノは十一歳の女の子で長く綺麗な黒髪を後ろで結わえている少し冷たい雰囲気を持った大人しい子。
カゲロウさんとヤエさんの娘さんのミカゲは五歳のまだまだ幼いものの、ヤエさんの血を引いているから美人になるのは期待できる将来が楽しみな子。
そして、カゲロウさんが目にかけている村一番の剣の才能を持って生まれたと太鼓判を貰ったイズルハという六歳の少年。
正直、才能という言葉に小さな嫌悪のようなものがあり、ミツルギにもイズルハにも内心嫉妬のような感情を持っている。
憧れのカゲロウさんに認められているのがとても羨ましかった。
自警団の役割からして、手柄を上げるというのは非常に難しく、非常事態にでも陥らなければ自分の希望するカゲロウ隊への所属はあり得ないだろう。
そんな風に自分の行く先を憂いていたときだった。
自警団の拠点に騒がしく駆け込むミツルギの姿が有った。
「やっぱり、ユキノが風邪で苦しんでるってときに仕事なんてしていられるか!」
そのミツルギの頭をカゲロウが掴み、引き戻す。
「風邪で寝込んでんのはお前んとこだけじゃないだろう。皆家族が心配だからこそ、こんな時だからこそ見廻りに行くんだ」
「どうせ村は獣ぐらいしか出ませんよ!」
「その獣の糞や死骸が病気の原因になっているかもしれないから、そういうものを探す意味もある」
ミツルギは嫌そうながらも、納得してカゲロウさんに同行していった。
「ミツルギの欠点はシスコン過ぎる事ぐらいか……神様、欠点が弱すぎるでしょ」
ニホノギに任せられている役目は、自警団においての拠点待機だ。
たまに訪ねてくる村人の話を聞いてやり、必要なら人員を手配する。
とはいえ、それも下っ端なため実権はない。
ほぼ事務的に来た相談の内容を上司に伝える。
「あぁ、こんなの何時まで経っても昇格出来ねえよ……」
嘆いていても始まらないが、基本的に暇が多いために嘆く時間が充分にある。
「ニホノギ、退屈そうだな」
イツルガが木刀を手にそんな事を言ってきた。
イツルガは黒い髪を短く切り、長さ的にはほぼ坊主だ。
筋肉が自慢のようで、厚い胸板とシックスパックの腹筋が見えるような軽装をしている。
「良かったらチャンバラしないか?」
「チャンバラって……無駄に怪我するだけじゃねえか」
意味もなく怪我をしても無駄だと首を振る。
「そんじゃ、イチノハを誘うよ」
手をヒラヒラと振って離れていくイツルガ。
しばらくして、拠点に木刀の乾いた音が響く。
「シノノギは混ざらなくて良いのか?」
シノノギは首を振り、苦笑した。
「自分は事務で良いよ。剣とかは得意じゃないからね」
それから、謎の流行り病は対抗策はなく、死骸や糞の不始末によるものでもないことが分かった。
打てる手立てが無いまま、しばらくしたある日ニホノギの母が倒れた。
原因不明の流行り病と同じ症状だった。
大切な存在が病で伏している。
それなのに、何も出来ない。
そんな時、自警団へと駆け込む小さな影、そして、そいつは開口一番叫んだ。
「村の近くに巨大な化け物が居た!病でお母さんが苦しんでるときにあんなのが近くを彷徨っていたら、きっと直るものも直らないよ!」
その声の鬼気迫る勢いに慌てて待機中のニホノギが対応した。
「それは本当か!?」
慌てて家畜の革で作られた防具を揺らして駆け寄る。
子供の戯れ言と言うにはその子供、少年は勤勉過ぎた。
「うん、あっちの方に行ったけど、もしかしたら人を襲うようなものかもしれない!」
村唯一の少年のイズルハの言葉にニホノギは話を聞いただけなのに膝をガクガクと揺らして驚く。
巨大な化け物等、生まれてから一度も見たことがないため、想像して手足の震えが止まらない。
「よ、よーし、俺に任せとけ!」
胸をドンと叩いて見せるが、イズルハの微妙な顔から宛にされてなさそうな雰囲気を察した。
建物の奥へと慌てて走る。
「カゲロウさん!イズルハが村の近くに巨大な化け物が出たって!」
「イズルハが?直ぐ行くぞ」
カゲロウと数人の団員を連れて現れたのはそれからさほど時間も置かずしての事だった。
「よく知らせてくれたイズの坊。お前が見たっていうその化け物の事を教えてくれ」
カゲロウが太く長い鉄のロングソードを背負ってイズルハの頭を叩く。
「うん、あれはネズミみたいなやつだったよ」
巨大なネズミーー
そう聞いてそれを想像した。
大きなネズミって言ったって精々ボール大が良いところだろう。
そんなものを恐がるなんてイズルハも子供なんだなぁと思い吹き出した。
「おいおい、イズルハ勘弁してくれよ。悪い夢でも見たのか?」
ニホノギの一言により、一変して緩んだ空気だったが、地面を強くイズルハが殴った事で弛緩した空気はピリピリしたものとなる。
「夢やイタズラで僕はこんな事をしない!」
それは、今まで勤勉な姿を見せてきた事が大きな説得力へと繋がった。
「ということだ。巨大なネズミの討伐ーーまずは居所の捜索をしよう」
カゲロウが低く、そう伝えた。
巨大なネズミーー
そう聞いて想像したのはボール程度の大きさだ。
ネズミなんて、そもそもがそこまで大きくない物なため、大きくてもそのくらいだ。
イズルハが大袈裟なだけ、ニホノギはそう考えていた。
イズルハが大きさもカゲロウへと伝えるのを傍目に、ネズミ討伐で得られる功績を考えるが、たかがネズミでは雀の涙だろう。
「大人の人が五人くらいの横幅と、三人くらいの高さだった」
カゲロウはそれを聞いて顎に手を当てる。
「それほどの巨体を隠せるところと言えば、村の裏手の洞窟だろうな。ニホノギ、団員を何人か連れて痕跡の調査をしろ」
カゲロウがそう命じると、ほとんど話を聞いていなかったので、ビクッと震えた。
けれど、即座に敬礼し、イツルガとシノノギとイチノハと共に裏の洞窟の調査に向かう。
「ふむ、しかし、巨大ネズミか……衛生的にあまり良くはない動物の類いだが、まさかそれが流行り病に関連している?いや、まさかな」
そう呟いたカゲロウの声が、ニホノギに僅かに届いた。
「村の皆を苦しめてる要因か」
裏手の洞窟へ向かう際に、ネズミを誘き寄せるための生肉を袋に詰める。
「イズルハが大袈裟なだけ……って、まさかまだ思ってはないよな?」
イツルガの発言に、ニホノギは内心そうであるべきだと思っているため、否定はしなかった。
「ボケ老人じゃねえんだ。あのイズルハがだぞ?」
普段鎧を着けないイツルガが用心するように家畜の皮で作られた防具を着用する。
「今回は、調査という名目だ。発見しても接触はしない……良いな?」
ニホノギはそうやって仲間に念押しする。
「ネズミがもしも群れだったら、接触によって何匹か村に流れ込む可能性もあるし、妥当だろう」
シノノギが帳簿に発言等を記録している。
「あんまり俺がビビってたとか書くなよ?」
ニホノギが釘を刺すと、シノノギは口笛で誤魔化した。
「だー!やっぱり書いてたのかよ!?」
裏手の洞窟にイチノハ、ニホノギ、シノノギ、イツルガの四人が到着したとき、目を疑う姿を確認した。
縦横10メートルは有る巨躯を持つネズミが、1メートル程の大きさのイノシシを食べていたからだ。
不意に、ネズミの髭がヒクヒクと動いた。
顔の方面がニホノギ達へと向く。
「俺達に気が付かれたのか!?」
「あぁ……ぁぁぁぁ」
ニホノギは気圧されて後退りする。
「待って、それにしてはゆっくりじゃない?何かの匂いに反応してるのかも……」
イチノハの目がニホノギの袋に向いた。
「ニホノギ、それを向こうに投げて」
イチノハに言われ、別の茂みに袋を投げると、ネズミの顔が袋を追うようにそっちを向いた。
「はぁ……」
一気に脱力するも、この場が危ないことには変わりない。
「急いでカゲロウさん達に伝えよう……」
ニホノギ達の頭の中に、その予感が広がっていく。
あのネズミと戦う予感。
そして、あれに勝つには自分達では至れない予感。
恐らくあのネズミをまともに相手出来るのは、この村ではカゲロウさんだけだろう。
翌朝、カゲロウさんに伝える。
「カゲロウさん、あんなの勝てっこねぇよ!今からでも遅くない、みんなで遠くに逃げましょう!」
そう言うニホノギだったが、カゲロウは険しい顔立ちとなる。
「遠くに逃げたとして、本当に果たして助かるという保証もない」
流行り病と巨大ネズミを関連付けて考えているのか、カゲロウは根源を立ちきるべきだと考えているようだ。
「討伐隊を編成する。自警団は全員参加はやむを得ないだろう。それに、村の男達を集めろ!これはきっと、大規模な戦いになる」
カゲロウの指示に答えるようにニホノギは外へと駆け出していく。
村の男達を集めるべく行動を起こしたのだ。
イチノハ、ニホノギ、シノノギ、イツルガに加えてミツルギも人手を集めるために共に走っていた。
「あんな化け物相手に立ち向かうなんて馬鹿げてるだろ?」
ニホノギの言葉に同意なのか、ミツルギ以外は沈黙だった。
「お前は何も見てないからそんな余裕で居られるんだ!」
「妹の命を預かってるからな。それに、村の皆もだ……。俺は、大切な人のためなら命を賭けられるぜ?この戦いはカゲロウさんも言うように死人が出るだろう。そりゃ、俺も死にたくはない。けどな?戦わずして諦めたくも無いんだ……ここは、俺達の村だろう?小さな頃から育ってきた大切な場所だ」
ニホノギの腕が震え、ミツルギに伸びる。
「そんな綺麗事言ってないでやっぱり逃げるべきだ!」
その手をミツルギは払う。
「なら、お前だけ逃げろ」
自分だけ逃げる。
それを聞いてニホノギは全身が恐怖に震える。
「それは、やだ……だって、みんな死んじまう……」
「俺もみんなを死なせたくないから戦うんだ。この村……捨てて逃げてもな?外に伝てでもないと無茶なんだよ……どうやって稼ぐ?どうやって食っていくつもりだよ?ここは俺達の村……生きていくために必要な場所なんだよ」
「それは……」
ニホノギは行き場の無い手を降ろし、拳を握り締める。
「お前の家は商人だろうが……なんで、俺達を見捨てて逃げないんだよ?」
ミツルギは僅かに考えるようにして、そして、笑みを浮かべた。
「そりゃ、妹も大切だけど、村の皆のことも大切だからに決まってんだろ?この村には誰も死んでもいい奴なんて居やしないんだからな。イチノハ、ニホノギ、シノノギ、イツルガ……お前らもだ」
目頭が熱くなり、目を閉じて上を向く。
ミツルギの言葉で涙を流すのは悔しかったからだ。
イチノハとシノノギは、隠しもしなかったが、イツルガはニホノギ同様らしく、ミツルギに背を向けた。
「絶対にこの村を守ろう」
ミツルギが手を差し出す。
「俺1人じゃ成し得ない。きっとカゲロウさん1人でも無茶だ。だから、力を貸してくれ……」
ニホノギは歯を噛み締めて、全身の恐怖を全て外に排出するように、深く息を叫びと共に吐き出した。
「うあぁぁぁああああ!!」
そして、睨むようにミツルギを見据える。
「どうなっても知らないからな!」
ミツルギの差し出した手を握り締めた。
討伐隊は夕方には編成され、自警団は鉄の装備、村の男達は鍬や鉈等を手に厚手の布の服を着用していた。
カゲロウが最前を歩き、それに皆が追従していく。
村の女子供が見送る中で、先頭を歩くカゲロウの背を見つめる。
とても大きく、広い背中。
高い背と、盛り上がった筋肉。
カゲロウの後ろに居るだけで、村の男達の士気が上がっているような気がした。
今回の討伐隊は5人一組となっている。
カゲロウを主軸にした討伐隊で、カゲロウの隊にはミツルギの父であるクロウと、イズルハの父であるイズモ、ドーラおばさんの旦那であるケイド、村長の息子のロウの姿がある。
この村で一番強いのはカゲロウさんで間違いないが、クロウさんは商人のため、ミツルギ同様に色々な武器が使える。
また、イズモさんは狩りが得意で、村では結構有名な弓の名手だ。
ケイドは農地開拓の仕事をしており、斧やスコップやハンマー等の扱いが得意で力持ち。
ロウはブレイブで魔法を教わっていた時期があり、少ないながらも魔法が使える。
名も無き村においての最強メンバーが固められていた。
ニホノギが居るのはミツルギの隊だ。
昼間に村中を駆け回ったいつものメンバーだ。
イチノハ、ニホノギ、ミツルギ、シノノギ、イツルガ。
まだまだ子供だからなのかもしれないが、隊の最後尾に配置されていた。
夜闇に紛れ、裏の洞窟へとやってきた。
とはいえ、そのまま戦えるほど戦闘に長けた者はカゲロウを除いて居ない。
篝火が焚かれ、松明を五人隊の一人が持つ。
「こいつのせいでうちは大赤字だ」
クロウがぼやきつつ、樽から油が洞窟へと流し込まれていく。
「なに、後で自警団の経費で落としておいてやるさクロウ」
「マジにすんなカゲロウ、冗談だ」
油にイズモが松明を近付ける。
炎が油へと燃え移り、洞窟へと進んでいく。
真っ赤な炎の光に照らされて、その巨大なネズミの姿が露になった。
「デケェ」
イズルハの言ったことは本当で、ニホノギの言うように逃げた方が懸命なのかもしれない。
そう、誰もが思ったところで、カゲロウが鉄のロングソードを引き抜いた。
「炎がまるで効いてない……来るぞ!」
ネズミが一直線にカゲロウに向けて飛び出してくる。
カゲロウは後ろに控えている村人を守るように、剣でネズミの牙を受け止めた。
両の手首が衝撃でネジ曲がり、耐えきれずに体が後ろへ弾け飛ぶ。
「こいつはまともに食らったらダメだったか……」
「ヒーリング!」
ロウがカゲロウへ向けて回復魔法をかけてやると、ネジ曲げられた手首が元に戻る。
「どうやってあんな化け物倒すんだ……」
ニホノギは一番後ろでそう呟く。
逃げ出そうとする足。
それを読まれたかのようにミツルギに手を掴まれた。
「それで、……本当に良いのか?」
「ぐっ……」
ミツルギの手を振り払おうと思えば振り払えた。
だが、それを出来なかったのは、残していく仲間が心配で、大切だから。
「大切なんだ……大切だから……」
震える手足。
ミツルギはニホノギの手を引いて隣に立たせる。
「目を反らすな!良く見てろ!大切な人が死んでいく瞬間までしっかりとだ!」
強く背を叩かれ、感情が爆発する。
顔から溢れる。
目から流れる恐怖と悲哀。
「あぁぁぁあ!!」
「いいかニホノギ、生き残った奴にしか、死人の死に際は後世に伝えられないんだ」
「どうなっても……知らない……がらなぁ!?」
「雄々しくってのはネズミなんぞに使う言葉じゃねえのは重々承知だが、これはあまりにも……」
ただのネズミから、熊を相手にするときのような命の駆け引きをするプレッシャーを感じた。
ライオンのように雄大で、物怖じしないその姿には狩る側の余裕を感じられる。
そう、人間は狩られる側なのだ。
この場において、そうでない者は居ない。
ネズミの余裕はそういうことだ。
まるで敵として認識していなかった。
だからだろう。
「俺が技を使わねえとならねえのがこんなネズミ一匹とは、笑い種だな!!」
カゲロウが振るうその剣を避けなかった。
鉄のロングソードがカゲロウを中心に一周回り、勢いを乗せたまま振り上げてネズミの頭へと振り下ろした。
「でた!カゲロウの【ぶん回し】!」
ネズミの頭に深々と剣が突き刺さり、激痛にネズミが叫び散らしたとき、辺りに居た者達が次々と膝を付き、血液を吐き出した。
ネズミの持つ野獣としての能力【疫病】だ。
それを上手く理解していないカゲロウは、自らの口から滴る血液に困惑を隠せない。
「何をしやがった……」
膝が震え、力が抜けそうになる。
だが、返答は無い。
代わりにカゲロウの腹にネズミの頭が深々と抉り込まれた。
カゲロウは命のやり取りをする相手だと、ネズミが認識し、殺さなければならないと、怒涛の攻撃をしかける。
「がふっ……ロウ!魔法を……」
カゲロウが回復魔法を要求するも、ロウは疫病に対して既に息を絶えていた。
疫病の発生源のネズミの側に居るということは、そういう事なのだ。
「長居すれば、全員死ぬってことか……」
「くそっ、カゲロウを殺らせるな!動ける奴全員でかかれ!」
クロウの声に答えて、ミツルギがニホノギの手を引いてネズミの方へと駆けていく。
「おい、馬鹿!?」
だが、足をもつれさせてニホノギはこけてしまった。
ミツルギがニホノギの手を離して一人でネズミの方へと駆けていく。
勇気を振り絞って絶望に立ち向かっていくのはミツルギだけではない。
クロウも、イツルガも、シノノギも、イチノハも……みんながだった。
「ぐうっ……」
ニホノギの体が恐怖と戦い、痙攣し、心の奥底の一握りの勇気を引っ張り出したとき、ネズミが小さく身動ぎした。
その小さな動きは人にとっては大きな事で、ネズミに触れていた者の体は大きく弾かれた。
水風船が弾けるように腕が破れ、肉がこぼれ、血液が滴る。
勇気の代償は、実に酷いものだ。
それでも、立ち向かわなければならない。
ニホノギは、勇気を振り絞り、その輪の中へと飛び込んだ。
「あぁぁぁあ!!」
必死の形相だった。
ニホノギだけではない。
必死だったのは、最初に駆けていったミツルギの表情も同じだった。
ニホノギの振るう剣はネズミの毛と表皮を薄く切るだけだ。
そんな中で、ニホノギはネズミの体に歪な存在を見つけた。
それが何なのかを考える前に、それに向けて剣が振られる。
ザクッという音と共に、ネズミが慌てたように足を払い、尻尾でニホノギの体を殴り飛ばした。
肺の中の空気を全て吐き出させられ、胃の中から消化中の食べ物と、血液が溢れる。
地面を何度もバウンドし、勢いが止まったとき、体は指一本動かせなかった。
「ニホノギ!?」
側に駆け寄って来る者は居ないが、それでも声だけは届いていた。
ミツルギの声だ。
死んでいく仲間を見ている事しか出来ない。
悔しかった。
凄く悔しかった。
そんなニホノギにカゲロウが目を向けている。
「足だ……あのオレンジ色のガラスみたいなのを攻撃しろ……。イズルハの言ってた事、それからニホノギのさっきの攻撃で確信した。あいつはあそこが弱点だ!」
カゲロウが叫ぶと共に、全員が足に向けて群がる。
まるで、群対個のその様子は、カマキリに群がる蟻のようで、強敵は鬱陶しそうに、けれど、次第に必死に確実に獲物としてではなく、敵として、確実に一人ずつ殺していった。
悲痛に声を上げようと、口を開けば血飛沫と共に次々と行き場の無い血液が吐き出される。
「ぐうっ……ごほっ」
溢れる涙。
ただ、見ているしかできない自分が悔しかった。
一人ずつ倒れていく。
村の男達はカゲロウに全てを託し、命を賭けた。
ニホノギは死に際を何度も目の当たりにする。
カゲロウは全ての命を背負い、ネズミの足へと向けて駆けていく。
だが、ネズミはそれを恐怖し、疫病を撒き散らす。
それは、物理的な妨害にはならず、カゲロウは血を吐けども足は止めずに、ネズミの側にまでやってきた。
ロングソードがカゲロウを中心に一周し、縦に振り上げられる。
「うおぉぉぉお!!」
そのカゲロウに向けて尻尾が向かうが、それをイツルガが壁になって庇う。
ネズミが後ろに飛び下がろうとするのを察し、イズモとクロウ含めたくさんの村人が下がれないように退路を塞ぐ。
逃げ場の無いネズミは、そこで、決死の覚悟で弱点を抱える足でカゲロウを蹴った。
カゲロウは攻撃のためにその足に接近していたため、それを庇える者は居ない。
故に、その蹴りは違わずカゲロウに入った。
頭がムチ打ち、限界まで伸びて体から離れる。
カゲロウの死。
けれど、勢いに既に乗ったカゲロウの剣は止まらず、そのネズミのコアに……。
深く深く突き刺さった。
途端に糸の切れた操り人形のように力を失うネズミは、カゲロウの体の上に崩れ落ちる。
飛び散る肉片。
カゲロウだった物と、血液が地面に広がり、蹴られた頭がニホノギへと目を向けていた。
「あ……あ……あ……」
誰も喜べなかった。
酷い戦いだ。
たった一匹のネズミを相手に、失った物が多すぎる。
涙が地面を濡らす。
無力感の中で、動ける者が死体をなるべく回収していく。
「生きているか……ニホノギ?」
ミツルギが側まで来て、肩に触れる。
ニホノギはミツルギへと目を向ける。
「怪我は、あまり大したことは無さそうだな」
「体の中はそれ以上にボロボロだけどな……」
表向きはなんとも無さそうでも、現に動けないのだから、そういうことだろう。
「お前は少し休んでろ……」
ミツルギが回復薬をニホノギの口元に運ぶ。
それを口にすると、痛みが引いていった。
夜、深夜とも言える深い闇が支配する時刻に複数の重い足取りと痛みに呻く男の低い声が響いた。
静寂に包まれていた村の建物から男達の帰りを待っていた者達が戸を開き、松明の灯りに照らされた戦果を見た。
自警団の半数が死亡ーー
他、村の男達も8割が死亡ーー
残りは重軽傷者だった。
ニホノギはミツルギに回復薬を貰ったおかげで誰よりも一番軽症だった。
誰よりも先に逃げるように自宅へと駆け出す。
響くのは泣き声と生きて帰った事を実感しての腹からの叫び。
誰もが地面に膝を付き、あまりの大きな犠牲に反応出来なかった。
そして、その時幼い声が入り込んだ。
「お父さんはどこ!?お父さ、ひっ……」
ミカゲの悲鳴が響き渡る。
「そんな……カゲロウさんが……」
家の外から村人の泣き声が聞こえる。
ニホノギは、溜め込んだ感情を爆発させるように、泣き、喚き、叫んだ。
新たな季節がやってくる。 春、新入生を迎え入れるその時期に、片想いの相手へと告白をした。 ちぐはぐな告白はかわされ、曖昧な返事を返されて有耶無耶にされる。 半ばキープされるような状態の日々を過ごした間、心は次第にぼろぼろになり、解放されたい気持ちに変わってしまった。 一途に想ってもそれは無駄と悟り、傷付きながらも絶交を切り出す。 一時は愛を届けた相手に自らその言葉を口に出すことはとても胸が締め付けられ、涙が何度も頬を伝い、立ち上がる事は出来ずに、それでも生きるために、前に進むために時間は僕を立たせる。 「また三年のまゆみ先輩に告白して降られた奴が居るらしいぜ」 「誰なんだろうな。そんな身の程知らずはさ」 教室で匿名の誰かの噂が流れる。 「な、工藤、工藤、あれ、話聞いてんのか?」 同じクラスの男子が話しかけてきたが、あまりそういう気分ではなかったために、肘を付けて窓の外を眺めていた。 「んだよ、可愛い新入生の話をしようと思ったのによ」 それに耳を傾けるだけの余裕は無く、ビターチョコを一粒齧る。 鼻腔を擽るカカオの香りと、苦さを味わいながら、間の抜けた返事を返していた。
この世界は機械に支配されている。 生活や労働は殆ど全てを機械が担い、ヒューマンバグが殆ど起こらない様になっていた。 そんな中で人間に与えられていた仕事はサブカルチャーのみだった。 不要だと切り捨てられるような事が自分達が食いつなぐためのものとなり、業界はさらなる躍進を果たす。 一方の機械は進歩を重ねており、人工知能を持つアンドロイド達がやがて政界にも進出していく事となった。 政界においての第一の政策は合理性を重視したものだった。 アンドロイド達にはプログラムされた思考はあれど、進歩された思考はあれど、心に至らない。 アンドロイドの総理大臣は合理的思考のもとで人間の個体厳選を行うと大々的に公表したのだった。
魔法なんてものは存在しない現代にある日突然ダンジョンが出来た。 神は夢にて全ての人類に願いを叶えるチャンスとしてダンジョンを提供した。 国は未知のダンジョンに調査隊を派遣したが、未だに帰って来た者はいない。 ダンジョンと言うからには中には罠やモンスター的な何かがいるという噂がネット上に流れていた。 人生を諦めた者や一攫千金を狙う者は後を絶たない。 国もダンジョンが国内にあるのは穏やかでは無いらしく、もしも邪な願いを叶えられたら――― そんな思いから現在。 私は一番最初の調査隊にして、只今モンスターと戦闘しています。 「ウゲッ!?タウロスが来るぞ!銃を構えろ!」 一番最初の調査隊...それに私は志願した―― 出口はなぜか入ると同時に消えてしまったので、進むしかない。 今分かっているのは、私の友達がダンジョンの発生場所にいたらしく、発生と同時に取り込まれたらしい。 今もたまにモンスターの名前と画像が添付されたメールが届くからきっとまだ生きてはいると思うけど.... ピロン.... ーーーーーーーー 原作はこちら https://estar.jp/novels/23592758
母親のいない環境で育ったジェイン。 父のヘンリーが愛人を家に連れて帰ったとき、彼女の人生は絶望の淵に落ちてしまった。 兄弟の意地悪で、父が遠ざかっていった。父に愛されたい一心で、家族のためなら自分が犠牲になっても構わないと思った彼女は、父が欲しがっていた土地のために金持ちのCEOと結婚した。でも、彼女の失敗と家庭の複雑性で皆に見捨てられたことがわかった。母親の死の真相を明らかにするために、ジェインは命をかけた。あれは事故なのか?それとも殺人?継母が父を裏切ったとき、彼女は父の会社を破産から救うと決めた。 この世界でひとりぼっちになったとき, ジェインは元彼と出会った。彼の優しさは、彼への愛情を再燃させるだろうか?彼女は結婚生活を続けられるのだろうか?
主人公の松本梓〈高校1年〉は出来たばかりの演劇部に所属しており主役をこなしていたため常に生徒からの憧れ的な存在だった。 そんなさいたま学院で毎月自主公演を行うたびにファンクラブができるほどのスター的な存在だ。 だがそんな彼女にも大きな悩みがあった。それは過去に壮絶ないじめを受けて男性に触ることもできない恐怖症と同性愛だ。過去のトラウマから誰にも相談できずに一人で悩み苦しんでいた そんな梓の事を独占しようとするさいたま学院の生徒会長、城ケ崎茜〈高校2年〉に目を付けられ、禁断の関係を求められる。 しかし茜の父親は大手銀行の社長で学院に多額の融資をしており、更に梓の父親は銀行の営業部長でもある。弱みを握られている梓は茜には逆らえず、演劇部の活動の為にいつも気持ちを殺して〈偽りの愛〉を受け入れていた。 そんな中、10月に行われる全国高等学校演劇大会の地区予選の案内が発表された。 かつて梓が小学4年の時にいじめ問題を解決するために奮闘した、小学校時代の恩師でもあり、恋心を抱いていた青井春香先生はさいたま学院演劇部のエースで全国制覇を有望視されていたほどだった。 梓が所属するさいたま学院演劇部は1年前に設立された部だが、かつて全国大会に出場するほどの強豪校だった。だがある一人の部員が起こしてしまった傷害事件のせいで全国大会辞退を迫られた過去がある。 更によき理解者の春香先生は梓をイジメていた生徒へ手をあげてしまったせいでPTAや学校から精神的に追い込まれて自殺をしてしまった。 遂に地区大会へ始動しようと動き出す弱小演劇部だったが肝心の脚本を書く人材がいなかった。 そんなある日、同じクラスに春香先生に似ている女子生徒でラノベコンテストの新人賞を受賞した妹の〈青井美咲〉が転校をしてきたため運命的な出会いを果たす事が出来、皆が全国大会出場を目標に動き出そうとした時に茜率いる生徒会による陰謀が動き出したのだった。
エデン・マクブライドは、いつも規則ばかり守ってきた。しかし、結婚式の1ヶ月前に婚約者に裏切られたことを機に、エデンはルールに従うことをやめた。傷ついた彼女に、セラピストはリバウンドとして、新しい恋を始めることをすすめた。そしてそれが今の彼女にとって必要なことだとか。ロックユニオンで最大の物流会社の後継者であるリアム・アンダーソンは、まさに完璧なリバウンド相手である。同じ女性と3ヶ月以上付き合ったことがないことから、大衆紙に「3ヶ月王子」と呼ばれているリアムは、エデンとワンナイトラブを経験しても、彼女が自分にとってセフレ以上の存在になるとは思っていなかった。しかし目覚めたとき、お気に入りのデニムシャツと一緒に彼女がいなくなっているのを見て、リアムは苛立ちを感じながらも、妙に興味をそそられた。喜んで彼のベッドを離れた女性も、彼から何かを盗んだ女性も、今の今までいやしなかった。だがエデンはその両方をしたのだ。彼は彼女を見つけ出し、必ずその説明をさせると心に決めた。しかし、500万人以上の人口を抱えるこの街で、一人の人間を見つけることは、宝くじに当たるのと同じくらい不可能なことだった。しかし二年後、やっと運命の再会が迎えられたとき、エデンはもはやリアムのベッドに飛び込んだときのような純真な少女ではなく、今では何としても守らなければならない秘密もできていたようだ。一方、リアムはエデンが自分から盗んだものーーもちろん、デニムシャツだけではないーーをすべて取り戻そうと決意した。
ある夜、彼女は元彼にが麻酔をかけられ、ある謎の男に利用された。二人は淫乱で恍惚の一夜を過ごした。 復讐をするため、彼女はその男と結婚し、彼を利用した。 「私が生きている限り、彼の妻はこの私だ。あんたらは泥棒猫にすぎないわ」 彼が他の女性とのスキャンダルに巻き込まれたときでさえ、彼女の決心は揺らなかった。 結局、また彼に裏切られたと知ったとき、彼女は怒って立ち去った。ところが数年後、彼女がまた彼のもとに戻った。彼は驚いた。彼女から欲しいものを全て手に入れた彼が、何故まだ彼女を苦しめようとしているのか、彼女には理解できなかった。
異世界に飛ばされて、本屋の経営で生計を立てている林介はその優しさと親切さから、いつもやけくそになった顧客たちに心を癒す本を勧めたり、時には自分の拙作を宣伝したりしていた。 そして彼から癒しをもらった顧客たちは彼に対する感謝と敬意から、毎日簡単なお土産を持ってきてくれたり、おすすめの本を教えてもらいにきたり、周りの人にもこの本屋さんのことを話してくれたりするようになった。 敬称と愛称として、人々は彼をこう呼んでいたーー 「邪神の猟犬」、「血肉福音書の伝道者」、「屍食教典儀の書き手」、「群星の羊飼い」。 「なんじゃこりゃ???」