藍青高校生徒会青春記

「よし」

　生徒会室の前で、僕、赤原海翔は深呼吸をする。

　手を握りドアを三回ノックし、ドアノブに手をかける。。

「あの、失礼します」

　生徒会室、それはここ藍青学園の生徒達を束ねる生徒会役員会の本拠。

　厳かなイメージを期待していたけど、ドアを開けるやそんな幻想は吹き飛んだ。

　中にいるのは十人近い数の生徒。一応仕事のようなことをしている人もいるけど、中にはソファーや並べたパイプ椅子の上に寝転がっている人や、明らかにスマホゲームに興じている人までいる。

「あ、見学の一年生だよね？　まあ入って入って」

「え、あ、はい」

　書類仕事をしていた朗らかな眼鏡の女子の先輩が立ち上がってフランクに出迎えてくれるけど、それはさておいて突っ込みどころが多い。

　そもそも生徒会役員の定数は会長、副会長、会計、庶務、書記の五名のはずだ。明らかに数が多い。

　寝ている人やゲームをしている人は言わずもがな。部屋も何かおかしい。妙に閉塞感があると思えば、なんとこの部屋、窓がない。そして隅には何か図画工作か何かで使いそうなものがたくさん散乱している。

「ああ、まあうちの役員会ってかなり緩い雰囲気だから、そう緊張しないで」

「そうですね……」

　声をかけてきた先輩が苦笑いを浮かべながら言う。

「まあ役員じゃない奴が結構混じってるしな。俺とか」

　声をかけてきた先輩と一緒に仕事をしていた男の先輩が同じく苦笑しながら言った。座っていてもわかる長身で、顔立ちもシュッとしていてかっこいい雰囲気の人だ。

「あ、一応自己紹介とかしておこうか。えーと二年で書記の中川奈々っていいます」

「俺二年の上戸、一応学級委員会の委員長やってる」

「あ、どうも。一年の赤原海翔です」

　声をかけてくれた先輩二人がまずそう名乗ったので、僕も名乗り返す。

「あ、それじゃあ。三年で会長の渡邊佳代です」

　奥の方で仕事をしていた女子の先輩が立ち上がってそう名乗る。入学式でも挨拶をしていた人だ。

「同じく三年、会計の東芳樹」

「二年で庶務、大杉拓也」

　ノートパソコンを囲んでいた先輩達もそれに続いて自己紹介をする。二人ともいかにも事務方といった雰囲気、いや生徒会の仕事で肉体労働ってなかなかないとおもうけど。

　残りは仕事をしていない人達だ。

「ほら藤城も新入生来てるから」

「ん、二年の藤城、副会長やってるから」

スマホゲームをやっていた巨漢の先輩が無愛想に応える。スポーツ刈りのいかにも体育会系といった印象の人。

「里桜ちゃんは……もう少し寝かせておこうかな」

「ん？　どしたの奈々？」

長椅子で寝ていた先輩が、書記さんの呼びかけに応じてのそりと身を起こす。

「あ、起きてたんだ」

「今起きた。で、どうしたの？」

「新入生が来てるから自己紹介でもと思って」

「ああ、あの子。どうもー、風紀委員会委員長の小野田里桜っていいまーす」

　立ち上がりながらのほほんとした口調でそう言って、ぐいっとのびをする。

　正直あまり風紀委員長というイメージではない。

「っと、これで全員かな」

「ちょぉーっと待ちたまえよ君達」

　部屋の隅から妙に芝居がかった声が聞こえる。

　声のする方にぱっと目を向けたけど、先輩達はだいたいが見て見ぬ振りをした。

　それもそのはず、そこにはパイプ椅子の座面に背中をのせ、背もたれには太ももを預けた恰好の男子がいた。

　要するに、逆立ちに近い形で椅子に腰掛けて（？）いる。そりゃあ見て見ぬ振りもしたくなる。

「私を忘れてもらっちゃあ困るなぁ」

　その先輩はそのまま後転の要領で足を地面について立ち上がった。

「俺は演劇部部長兼監査委員会委員長兼中央委員会副委員長、二年の鳴滝啓介ってもんだ」

「こいつはほっといていいよ」

　監査委員長の自己紹介に副会長がそう即答する。

「新入生逃げるからやめろって」

　学級委員長からも援護射撃が飛ぶ。

「あ、あはは……」

「それ見ろせっかくの新入生が反応に困って苦笑いしてるじゃないか」

　学級委員長が僕の胸中をスパッと言い当てる。

　監査委員長さん、悪い人ではないんだろうけど、なんか監査委員長ってイメージじゃない。

「ええっと、まあ見ての通り緩いところだし、取って食べたりはしないから気軽に見てって」

「はい。よろしくお願いします」

　会長さんがそうまとめて奥へ招き入れる。

「生徒会の仕事についてだけど、まあだいたいが事務仕事と行事運営だね。あと一応部活間の仲裁とかをすることがあったりなかったり。厳格ではない代わりに華やかさもないよ。一つ言えるのは根性がいるってこと」

「はい、覚悟の上です」

　会長さんの説明に迷わず答える。

「ふふっ、覚悟て」

「ははは、気合いが入ってるな新入生」

「まあまあ、やる気があるのはいいことだろ」

　僕の返答に笑い出す先輩達だけど、どうやら受け入れて貰えたらしい。

「失礼します。生徒会の見学希望で来ました」

ちょうどそのとき、生徒会室のドアが開く。僕以外にも見学者が来たようだ。

「おお、二人目か」

「これはいい。今年は補欠選なしで済みそうだな」

　先輩方が喜びの声をあげる。

「どうぞどうぞ入って」

　会長の呼びかけに応じて入ってきた少女の顔を見て、僕は一寸も動けなくなった。

すらりと伸びた背筋、威風堂々とした態度、少し厳格なようで優しげな表情。

「シアン……」

彼女の名が、無意識に口をついて出る。

「え、海翔……」

　お互いに見つめ合ったまま時間が止まったかのような感覚に陥る。

　その後のことについてはあまり覚えていない。