東堂院力也は、地球最強の男だ。 ある日、居眠り運転のトラックから少年少女を助けるために、彼は犠牲となった。 「…………む? ここは……?」 彼が目を覚ますと、見知らぬ森にいた。 状況整理に努めているときに、森の奥から女性の悲鳴が聞こえてきた。 「きゃあああっ!」 「むっ! 女の悲鳴か……。今向かうぞ!」 東堂院力也は駆け出す。 しばらくして、女性の姿が見えてきた。 数人の男に押さえつけられている。 服を脱がされ、半裸の状態だ。 「そこまでだ! 賊どもめ!」 東堂院力也が大声でそう言う。 男たちが彼を見る。 「何だあ? てめえは!」 「けっ。通りすがりの冒険者かと思ったが……。見たところ丸腰じゃねえか」 「消えろ。ぶっ飛ばされんうちにな」 賊たちがそう言って凄む。 果たして、東堂院力也はこの賊たちを撃破し、女性を助けることができるのか。 格闘チャンプの異世界無双が、今始まる。
地球。
ある日のスポーツ中継にて。
「決まったあああ! 世界ボクシングヘビー級王者は東堂院力也選手! これで7年連続王者防衛です!」
また別の日のスポーツ中継にて。
「見事な一撃が炸裂! キックボクシングヘビー級王者は東堂院力也選手! 5年連続の防衛成功です!」
また別の日。
「強烈な正拳が直撃! 2036年東京オリンピックの金メダルは東堂力也選手の手に! これで4大会連続の金メダル! これぞ日本が誇るスターだあああ!」
司会の男性が興奮気味にそう叫ぶ。
それとは対照的に、当の東堂力也はどことなく浮かない表情をしているように見える。
彼が中継の画面から消えて、試合場から控室に戻る。
控室では、1人の老年の男性が待っていた。
「見事じゃ。東堂院力也……。様々な格闘技を修めし者よ。これで公式試合で通算1000連勝だそうじゃぞ。非公式の試合も含めれば、もっとかの?」
「師匠か。俺は、連勝記録なんぞに興味はない。ただ、強き者と戦うのみ……。俺を打ち負かすほどの者を求めているのだ」
老年の男性は、東堂院力也の師匠だ。
東堂院力也は、現在30歳。
10歳でプロデビューをしてから、これまで20年負けなしだ。
「お主の強さへの探究心には恐れ入る。だが、今のままではお主の望みは叶わぬままになるじゃろう」
「……なんだと?」
師匠の言葉を受けて、東堂院力也が怪訝な表情を浮かべる。
「お主も気づいているじゃろう。さすがのお主も、加齢による肉体の衰えには勝てぬ」
「…………」
「このままだと、早ければ数年後にはお主が負けることもあるじゃろう。だが、それは決して相手が強いから負けるのではない。お主が衰えたから負けるのじゃ」
師匠が言うことは事実だ。
東堂院力也の肉体は、衰えつつある。
「……では、どうしろと? 今まで、あらゆる武道の大会に裏表問わず参戦してきた。俺より強き者が現れることを願いつつ、日々戦い続けるしか道はない」
東堂院力也はそう言って、控室を出た。
師匠はそれを、悲しげな顔で見送った。
東堂院力也は、街を歩きつつ物思いにふける。
人間としての個の強さはここらが限界なのであろうか……。
さしもの東堂院力也といえども、ライバルなくしてはこれ以上の成長は見込めない。
強敵との邂逅こそ、彼がもっとも求めているものであった。
もちろん、強さを追い求めるだけが彼の人生ではない。
いい女をはべらせ、うまい酒や肉を飲み食いし、良質な音楽を鑑賞することなども嗜んでいた。
余生は、有り余る金でそれらを適当に楽しんでいくしかないのだろう。
そんなことを考えつつ、東堂院力也は歩みを進める。
信号のある交差点に立ち、ぼんやりと佇む。
彼の全盛期には、時速100キロで猛進する乗用車を受け止める訓練をしたものだ。
今の彼の力では、おそらくはその衝撃に耐えきれない。
師匠の言う通り、加齢による衰えは確実に忍び寄ってきていた。
「だからよー、そのときにこいつがさ……」
「ぎゃははは!」
「今日、タピオカ飲んで帰ろーよ」
「えー。太るよー」
若者たちが陽気に話しながら信号を渡る。
と、そのとき。
ブロロロロ!
猛スピードでトラックが迫ってきた。
居眠り運転か、はたまた飲酒運転か。
若者たちが迫りくるトラックに気づく。
しかし、とっさのことで体が動いていない。
「「うわあああぁっ!」」
「「きゃあああっ!」」
若者たちが悲鳴をあげ、恐怖に目をつむる。
彼らの硬直した体では、もはや回避は間に合わないだろう。
それを見た東堂院力也。
彼の鍛え抜かれた体は、即座に動き出していた。
4人の若者をトラックの進行範囲から放り出すだけの時間はない。
せめて1人だけでも助けるか?
否!
「トラックと力比べか……! 上等!」
東堂院力也は若者の前に立ち、トラックを受け止めるべく構える。
運転手は居眠り運転からつい先ほど目が覚めたようで、パニック状態に陥っている。
「ぬうん!」
東堂院力也とトラックが正面からぶつかり合う。
「ぬあああああぁっ!」
彼が力を全開にして、トラックに対抗する。
限界を超えて酷使された筋肉の血管が破れ、血が吹き出る。
そして数秒後。
若者たちが恐る恐る目を開ける。
「……ん? 衝撃がない? 」
「お、おい。おっさん。しっかりしろよ!」
若者たちの前では、血まみれの東堂院力也が倒れていた。
「きゅ、救急車を。救急車を呼んで!」
「お、おじさん。私たちを守ってくれたんだね。死なないで……」
東堂院力也の全力は、トラックを停止させることに成功した。
しかし、衝突の衝撃と、全力を出したことによる反動で、彼の体はボロボロになったのだ。
血溜まりの中に沈みつつ、彼は考える。
「(ふっ。最後の戦いが、居眠り運転のトラックだとはな。パワーは申し分なかったが、願わくばもっと魅力のある強敵と戦って終わりたかったな……)」
東堂院力也は満足半分、無念半分というような表情で目を閉じる。
そして、彼の意識は闇の中に沈んでいった。
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