「どんなお悩みも癒やして差し上げます」 町外れにある古い日本家屋。そこは知る人ぞ知る高級娼館「臥待月」。 男だけが入ることを許されるその館には、それは美しい男娼がふたり、悩める客をもてなしてくれるという。
町外れに、古びた日本家屋がある。
よく手入れされた庭園があり、ところどころ朽ちかけた石壁の隙間から、のぞき見ることができた。 人の出入りはほとんど見かけないのにも関わらず、いつでもその庭は整っていて、玄関先の大きな桜の樹のしたに、花びらが散っているのすら見かけることはなかった。 表札もなく、ポストに郵便物がたまることもないため、近所では空き屋ではないかと噂されたこともあるらしい。
しかし、さびれも荒れもしないどころかその屋敷は、ふかく夜が更けると、ぼんやりと灯りが灯るのだった。
私は、月の見えない晩にある噂を真に受けて、その屋敷のある町外れを訪れた。 小雨が降り始めた。 噂を信じて買い求めた、骨が多い和傘を開いた。明るい海老茶色の布がいくらか恥ずかしい。
細い路地を抜けると、大きな屋敷が見える。 小さな灯りが門を照らしていて、私はほっと胸をなで下ろした。 とりあえず迎えてもらえそうだ。あの灯りが消えているときは、入れてもらえないのだと聞いたことがあった。 門の前までたどりついて、建物の大きさにひと呼吸した。 あたりに車通りはなく、静まりかえった夜更けの日本家屋。誰か住んでいる気配は感じられないのに、何故か無人の不気味さはなかった。 呼び鈴もなにもない。戸惑いながら傘を閉じたとき、からからと格子戸が開く音が聞こえた。
「おしめりは止みましたか」
ゆったりとした京なまりで、濃紺の着物に、腰の低いところで海老茶色の帯を締めた青年。濡れ羽色と表現するのにふさわしい黒髪は長く、ひとつに結って、背中に流れている。 あまりの美しさに私が呆然としていると、青年は、私の傘を見て、艶やかに微笑した。
「お待ちしておりました」
「あ…あの、私は」
青年は格子戸を片手で押さえ、館の中にいざなうように私に手を伸ばした。手と足が一緒に出そうになりながら私は進み、彼の手をおずおずと掴んだ。 その瞬間、玄関先の桜が風でざわめき、花びらが私のうえに降り注いだ。
薄暗い回廊は、外から屋敷を見た時には予想もつかないほどの長さだった。 途中、灯りがついた部屋もあったが、私が通されたのは、回廊のずっとずっと奥だった。 障子がするすると開くと、ほんのりと明るい座敷に通された。 新しい畳の良い香りと、卓袱台に並んだ豪華な食事。 青年は私を卓袱台の前に案内すると、青年は三つ指をついて、ふかく頭を下げた。
「今宵はこころゆくまでおくつろぎくださいませ」
私は、青年が顔を上げるのを待って、尋ねてみた。
「噂は本当だったのですね。ここは本当に…その……」
言葉に詰まってしまった私に、軽く首を傾け、青年は答えてくれた。
「お客様のご要望にお応えする宿でございます。食事のあとには、そちらに湯を用意してございます」
「湯……」
私の顔が赤くなったのを見ても青年は表情を変えず、静かに立ち上がった。 そして繋がった隣の座敷の襖を、音もなく開けた。 私は口を開けたまま、息を飲んで固まってしまった。 庭園を望める大きな窓、白い湯気をあげる備え付けの桧風呂と、その手前に敷かれた布団。お約束といわんばかりに、並べられた二つの枕。
「わ…私は、そのっ……半信半疑で来てしまって……」
「春日井さまとお呼びしてよろしいですか?それとも、静さんと?」
「えっ…?」
「ここは、秘めた想いを抱えた方がいらっしゃる宿です。もちろん、お迎えする私共も同じでございます。もしよろしければ、静さんと呼ばせていただけませんか?」
青年は襖を締めて、私の横に膝を折って座った。わずかに白檀の香りが漂ってきた。 青年は熱燗の徳利を持ち上げ、ふたたび艶やかに微笑した。
「夕とお呼びください。静さん」
私はもう、この夕(ゆう)という青年から目を離せなくなっていた。
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ある夜、彼女は元彼にが麻酔をかけられ、ある謎の男に利用された。二人は淫乱で恍惚の一夜を過ごした。 復讐をするため、彼女はその男と結婚し、彼を利用した。 「私が生きている限り、彼の妻はこの私だ。あんたらは泥棒猫にすぎないわ」 彼が他の女性とのスキャンダルに巻き込まれたときでさえ、彼女の決心は揺らなかった。 結局、また彼に裏切られたと知ったとき、彼女は怒って立ち去った。ところが数年後、彼女がまた彼のもとに戻った。彼は驚いた。彼女から欲しいものを全て手に入れた彼が、何故まだ彼女を苦しめようとしているのか、彼女には理解できなかった。
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