星川博也は, あの頃と変わらぬ完璧な顔立ちで, 私を見下ろした. まるで, 私という存在が, 足元の塵であるかのように. しかし, その瞳には, あの頃の, 幼い私を優しく見つめた光は微塵もなく, 凍えるような憎悪が渦巻いていた.
私は分かっていた. この憎悪こそが, 私がここに来た理由なのだと. 私たちの白幡家と彼の星川家を繋ぐ, 血の宿命. 彼の両親の失踪が, 私をこの地獄へと誘ったのだ. 彼は私を裏切り者と信じている. 私の家族が, 彼の両親を奪ったと.
それは, 決して口にできない秘密. 私には, 耐え忍ぶことしかできない.
彼の唇が薄く弧を描いた. それは笑みではなく, 嘲りだった. 「白幡蘭泉. よくもここまで来られたものだ. 」彼の言葉は, 私の心を直接鷲掴みにした. 冷たく, 鋭い爪が, 私の心臓を深く抉る.
彼の腕が私の腰に回された瞬間, 一瞬, 昔の彼を思い出した. あの頃の温かい腕. あの頃の優しい眼差し. しかし, その感触はすぐに消え去った. 彼の指が, 私の肌を強く締め付ける. まるで, 私が彼の所有物であるかのように. 「お前が俺の婚約者だと? 吐き気がする. 」彼の声は, 私の耳元で冷たく響いた. 私の心臓は, 氷の塊になったように感じた. 全身の血が凍りつく.
「俺の両親が消えた日を忘れたのか? 」彼は私の顔を掴み, 無理やり上げさせた. 彼の指が頬に食い込む. 痛い. だが, もっと痛いのは, 彼の言葉だった. 「白幡家の裏切り. その代償を, お前は血で償うんだ. 」彼の目の奥には, 深い傷と, それを隠すための冷酷な炎が燃えていた. 私の口は開かなかった. 真実を語ることは, 許されない. ただ, その言葉を, 私の心臓の奥底まで染み込ませるしかなかった.
彼は私を腕から突き放し, 視線を遠くへ向けた. そこにいたのは, 藤本涼紗. 彼の秘書であり, 愛人. 彼女は博也様の隣にぴったりと寄り添い, 勝利の笑みを浮かべていた. 私に見せつけるように, 博也様の腕に自分の腕を絡ませる. 博也様は, それを受け入れた. 私の目の前で, 彼らは親密な態度を取った. 私の心は, 冷たい鉄の扉が閉まる音を聞いたようだった.
突然, 博也様は私を腕の中に引き寄せた. しかし, その腕は優しさとは程遠い. まるで, 私が単なる物体であるかのように扱われた. 「涼紗が少し体調を崩している. お前の『天使の血』で癒してやれ. 」彼は冷酷な声で命じた. 涼紗, 藤本涼紗. 彼女は博也様の秘書であり, 愛人. 私の存在は, 彼にとってただの道具. 私の血は, 彼の愛する女性のための薬. 屈辱が, 全身を駆け抜けた. 私の体は, 彼の命令に従うしかなかった. 看護師たちが, 慣れた手つきで私の腕に針を刺す. 私は目を閉じた. この血が, どれほど彼に利用されているのか. その事実が, 私の心を切り裂いた.
輸血が終わった後, 博也様は私を薄暗い部屋に連れて行った. そこは, 屋敷の離れにある, まるで牢獄のような場所だった. 彼は私に, 無理やりドレスを着せた. 私の体は, 貧血でふらふらなのに. そして, 私を連れて行ったのは, 彼の友人が集まる, 華やかなパーティー会場だった. 「これは, 俺の婚約者だ. 」彼は冷たく私を紹介した. その言葉に, 愛情はなかった. ただの, 所有物としての紹介. 私の心は, 凍り付いた. 私は, 彼の傍らで, 微笑みを保ち続けた. まるで, 何も感じていないかのように. 私の内側では, 悲鳴が響き渡っていた.
パーティーの喧騒の中, 博也様は私を隅に立たせたまま, 涼紗と談笑していた. 涼紗は, 楽しそうに笑い, 博也様の腕に触れる. 私の心は, 針で千本も刺されるような痛みを感じた. どれだけ彼を愛しても, 彼の心は別の人を見ている. 私は, ただ, その光景を, 息を詰めて見つめるしかなかった. 私の存在は, 彼にとって, 何なのだろう.
パーティーの後, 博也様は私を連れ戻した. 離れの部屋で, 彼は突然, 私の顎を掴んだ. 「苦しいか? 蘭泉. 」彼の声には, 僅かな, 本当に僅かな心配の色が混じっていたように聞こえた. 私の心臓は, どくどくと音を立てた. 一瞬, 昔の彼が戻ってきたのかと. しかし, すぐにその期待は打ち砕かれた. 彼の目は, すぐに冷酷な光を帯びた. 彼の言葉は, 私の心を切り裂いた.
「どうした? そんな顔をして. 俺の愛を求めているのか? 」彼の言葉は, まるで鋭い刃物のように私の心を突き刺した. 私の瞳は, 瞬時に熱くなった. 涙が, 溢れそうになるのを必死で堪えた. 「お前の感情など, どうでもいい. 」彼は冷酷に言い放った. 私の心は, 絶望の淵に突き落とされた. 私の痛みが, 彼には届かない. 届いても, 気にも留めない.
彼は執事に向かって, 冷淡に命じた. 「この女に, もっと苦痛を与えろ. 」彼の声は, まるで感情のない機械のようだった. 私の体は, 震えが止まらなかった. なぜ, そこまで私を憎むのか. 彼の命令は, 私の唯一の希望を打ち砕く. 私は, 彼を愛しているのに. しかし, 彼は, 私を愛していない.
次の日, 博也様は突然, 私に優しく接した. 「蘭泉, お前の秘密を教えてくれ. 」彼の声は, 甘く, 誘惑的だった. まるで, 愛する恋人に語りかけるかのように. 私の心は揺れた. もしかしたら, 彼は私を理解してくれるのではないかと. しかし, 私は知っていた. これは, 罠だ. 私の秘密は, 家族の命に関わる. 私は首を横に振った. 彼の甘い言葉に惑わされてはならない. 私の使命を忘れてはならない.
彼の態度は, 日ごとに変わった. ある日は冷酷に, ある日は優しく. その気まぐれな態度に, 私の心は休まることがなかった. 私は, ただ黙って, 博也様の命令に従い続けた. どんな辱めも, どんな苦痛も, 私が受け入れなければならないことだった. 私の体は, 少しずつ衰弱していく. しかし, 私の心は, まだ折れてはいなかった. 彼の根底にある, あの冷酷な目に変わることのない憎悪がある限り.
私の体は, もう長くは持たないだろう. 特殊な血液を持つ私は, 定期的な療養を受けなければ, 死に至る. その期限は, 刻一刻と迫っていた. 私の命の時間は, 砂時計の砂のように, サラサラとこぼれ落ちていく. 私は, 静かに, その時を待っていた. この苦しみから解放される, その時を.
ある日, 私は突然, 腕を掴まれた. 私の体は, 痩せ細り, 力なく引きずられる. 執事たちが私を博也様の前に連れて行った. 私は, 抵抗する力もなかった. 私の体は, まるで人形のように. 博也様の顔は, 怒りに満ちていた. 何が, 彼をそこまで怒らせたのか. 私の心は, 恐怖で凍り付いた.
博也様は, 私を一瞥した. 私の惨めな姿を, じろじろと見つめた. 彼の目には, 一瞬, 迷いの色が宿ったように見えた. しかし, それはすぐに消え去り, 再び冷酷な光が戻った. 私の心は, 深く沈んだ. 彼の心に, 私を憐れむ気持ちなど, もう残っていないのだ.
「涼紗が怪我をした. お前の血で, すぐに治せ. 」博也様は, 私に命令した. 私の体は, 再び針を刺される. 私の血が, 彼の愛する女性のために流れる. 私は, ただ, その屈辱に耐えるしかなかった. 私の血は, この憎しみの鎖を繋ぎ止める, 唯一の手段なのだ.
私は, 涼紗の怪我を治療するため, 彼女の傍らに立たされた. 私は, 彼女の顔をそっと見た. 彼女の顔には, 微かな傷があった. 私は, その傷を癒すために, 集中した. しかし, 博也様は, 私のその行為を許さなかった. 「何を, 見つめている? 」彼の声は, 怒りに満ちていた. 次の瞬間, 彼の拳が私の頬に叩きつけられた. 私の体は, 床に倒れ込んだ. 目の前が, 真っ白になる.
「お前の血で, 涼紗の傷を治せ! 」博也様は, 私の髪を掴み, 無理やり立たせた. 私の口の中には, 鉄の味が広がった. 私は, 震える手で, 自分の指をナイフで切り裂いた. 私の血が, ぽたぽたと落ちる. 私は, その血を, 涼紗の傷口に垂らした. 私の血は, 彼女の傷を癒す. 私の体は, 痛みで震え, 意識が遠のきそうだった.
「何を, 勝手な真似を! 」博也様は, 私の行為を見て, 怒鳴った. 彼は, 私の指から滴り落ちる血を見て, 顔を歪めた. 彼は, 私が涼紗を傷つけたと思っているのか. 私の心は, 絶望で満たされた. 何をしても, 彼は誤解する. 何をしても, 彼は私を憎む.
涼紗は, 博也様の腕の中で, 甘えた声を出した. 「博也様, 彼女, 私が痛がるのを見て, 喜んでいるみたい. 」彼女の言葉は, 私の心を切り裂いた. 彼女は, 私を陥れようとしている. 私は, 何も言い返せなかった. 私の声は, 喉の奥で詰まってしまった.
「蘭泉, もう出て行け. 」博也様は, 私のことなど眼中になかった. 彼の目は, 涼紗だけを見ていた. 「大丈夫かい, 涼紗. 痛かっただろう. 」彼の優しい声が, 私の耳に届いた. その声は, 私に向けられることは決してない. 私は, 床に這いつくばったまま, その場を後にした. 私の体は, もう限界だった.
私は, 使用人の部屋に連れて行かれた. そこには, 私の血で描かれた, 奇妙な絵が飾られていた. 私が涼紗の傷を癒すために, 自ら傷つけて流した血. それは, 私の肌から染み出た生々しい赤色だった. 使用人たちは, 私を嘲笑った. 「ほら, お前が愛する博也様の絵だ. 」彼らは, 私を無理やり絵の前に立たせた. 私の心は, 底なしの絶望に沈んだ. 私の血は, こんなにも卑しいものなのか. 彼らは, 私に, 汚い水を浴びせた. 私の体は, 冷たい水で濡れ, 震えが止まらなかった.
私は, 屋敷の掃除を命じられた. 私の体は, 貧血でふらふらなのに. 私は, ただ黙々と, 床を磨き続けた. 私の心は, 空っぽだった. 私の体は, 痛みで悲鳴を上げているのに. 彼らは, 私を人間扱いしなかった. 私は, ただの道具. 私の心は, もう何も感じなくなっていた.
夜遅くまで掃除を続けていると, 博也様と涼紗の声が聞こえてきた. 彼らは, 楽しそうに笑い, ささやき合っていた. 私の心臓は, 鈍い痛みを発した. それは, 彼らの幸福な声が, 私の耳に届くたびに, 強くなった. 私は, 涙が止まらなかった. 私の涙は, 私の頬を伝って, 床に落ちた.
私は, 彼の冷酷な目を思い出した. あの目には, 愛はなかった. 憎しみだけが, そこにあった. 私は, 彼の目の奥に, 過去の私たちの面影を探した. しかし, 何も見つからなかった. 私の心は, 絶望で満たされた.
私の命は, もうすぐ終わるだろう. 特殊な療養を受けなければ, 私の体は, もう長くは持たない. 私の心臓は, 弱々しく鼓動を打つ. 私は, 静かに, その時を待っていた. この苦しみから解放される, その時を.